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私らしさのつくり方
CTS Womanでは、女性が自分らしいライフスタイルを確立することをテーマに、海外で活躍している日本人女性のライフスタイルや成功体験をインタビュー形式でご紹介していきます。
もしあなたが、今後海外で働きたい、キャリアアップしたい、海外に住んでみたいとお考えであれば、ここに登場する女性たちの生き方の中に、何かしらヒントがみつかるかもしれません。

CTS Woman7人目は、オランダで海外就職からご自身でホームパーティーシェフとして、ご活躍中の井後ゆかりさん。最近第一子をご出産されたばかりで、プラベート、お仕事ともに毎日充実されていらっしゃいます。

ヨーロッパのビザについて詳細にアドバイス頂いております。ヨーロッパでのキャリア作りや語学の問題、ビザの問題、女性にとっての海外での結婚、出産などについても大変参考になるかと思います。将来ヨーロッパで活躍されたい方、ぜひご参考にしてみて下さい。

Vol.007
井後 ゆかり
生年月日 :1971年 3月 15日
滞在国・都市名 : オランダ、アムステルダム
滞在期間 : 1996年より(途中フランスパリに3年仕事のため滞在)
現在のステイタスビザ : オランダ永住権取得済み
現在の職業 : ホームパーティーシェフ
HP :www.yukari.nl
Woman写真
これまでの経歴をお願いします

学生時代 : 東京外国語大学英米語学科卒業、大学最後の年1993年10月より、インターンシッププログラム (スクールインターン)により3ヶ月オランダアムステルダムのROC校にて、Cultural guest teacherを経験。学生が学んでいる科目に応じ、毎回テーマを設け、日本文化の紹介を行った。

社会人時代 : 1994年4月より1996年3月まで、三重県高田短期大学にて英語助手を務める。英語教育法がテーマ。

渡航後 :1996年6月に渡蘭。 11ヶ月山一證券オランダ支社にて、営業アシスタントを務めた後、1997年12月より日産自動車に勤務。2005年 5月末に退社までの7年半のうち、2002年4月から2005年 5月末まではフランスで勤務。最初3年間経営企画部にて、欧州統括本社としての年度および中期予算作成準備と毎月の月次報告にかかわり、その後4年近く、社長秘書を務める。日産自動車退職後、2005 年10月にオランダに戻り自分の夢に近づくため準備を始める。 2006年7月より顧客宅にてホームパーティーの料理をつくるサービス“Yukari”を開始。

日本ではなく、今の国で働きたいと思った理由を教えてください

最初は、オランダで「働きたい」というより「住みたい」という思いがきっかけでした。オランダの場合一番楽に滞在許可が得られるのは、身元を保証してくれるオランダ人パートナーがいる場合なのですが、私の場合はそうではなかったので、住むため(滞在許可を得る)には、仕事をする(労働許可を得る)必要があり、必然的に労働許可申請のサポートをしてくださる会社を見つけることが最優先となりました。 〔注、労働許可申請も96-97年ごろはまだサポートをしてくださる会社もありましたが、ここ数年は外資企業による労働許可申請もかなり厳しくなってきましたので、ほぼどの求人広告も労働許可を持っていることが前提になっています〕

なぜ、あなたはこの国を選ばれましたか?
生活のリズムが自分の理想に近かったこと。 忙しい中でも、家族で集まってコーヒー、お茶を飲む時間を欠かさないなど、ただあわただしいだけではないメリハリがあります。 また、人に表裏(建前)があまりなく、本音で付き合えることですね。
こちらにはどのくらいの期間、ご滞在されていらっしゃいますか?
2度目に渡蘭して以来、欧州に10年半滞在しています。
海外就職、移住をされる前に、過去海外留学、ホームステイ、長期滞在などのご経験はございますか?(具体的に教えてください)

学生最後の年に3ヶ月、インターンシッププログラムにて、スクールインターンを経験。オランダの職業訓練学校(ROC)にて、ゲストTeacherを勤めました。

渡航されるまでに不安だったことは? 渡航する決断をしたきっかけは?
1996年夏に、オランダにはしばらく休暇のつもりでやってきました。 ところがオランダに到着して数日後、晴天の初夏6月にアムスの街中を歩いている途中、「ここでしばらく住みたい」というかなり強い思いが湧き上がり、その思いを日本の両親とオランダのホストファミリーに伝え、滞在準備を始めることになりました。まず、移民局に問い合わせ必要な書類等を聞き出しました。滞在許可書取得には仕事(労働許可書)が必要だったため、就職活動も開始しました。ただ単に若気の至りで、勢いで始めてしまったこともあり、大きな不安はなかったのですが、始めに仕事をいただいた会社が、労働許可申請をしてくださっていたのですが、2ヶ月ほど待った後、取得に失敗してしたとの知らせを受けたときは目の前が真っ暗になりました。入国してからVisaなしでは、最長3ヶ月しか滞在できませんので、そのまま日本に戻らなくてはいけないかと思いましたが、運良くすぐ別の会社から仕事のオファーをいただいたので、その労働許可書申請中ということで、オランダを出る必要はなくなりました。
どのようにして現在のお仕事を見つけられましたか?
究極の夢は、小さな旅館を持ちたいのですが、それまで資金と経験をためるため、好きな料理の仕事をしようとはじめたのがきっかけです。旅館でも、パーティーでも人をもてなすことは同じであるし、また料理は手作りのものを出したいと思っているので。
現在のVisa取得の手続等はご自身でなさいましたか?取得サポート機関を利用されましたか?
友人等にオランダ語を助けてもらい、基本的に自分で毎年申請を行いました。5年間毎年滞在許可を更新した後は、永住権の申請ができました。2002年 1月に取得後は、5年毎の更新となります。
ビジネスビザや永住権取得までの経緯を教えて頂けますか?
話が重複しますが、滞在許可と労働許可は、鶏と卵のどちらが先かの話に似ています。どちらもない場合は労働許可を取るしか方法はないのですが、企業としても申請の手間を掛けるよりは、もともと労働許可(オランダ人パートナーによる滞在許可が下りている場合は、労働許可も付属しています)のある人を取る方が楽ですので、私の場合はただ幸運だったとしかいいようがありません。永住権は、5年間普通に仕事をし所得税をきちんと納めていた場合、申請することができました。
今のお仕事を始めるまでにかかった費用は、総額でどれくらいですか?差し支えなければ教えてください。
本当に周りの友人たちの助けをかりて始めたものですので、費用はほとんどかかっていません。新たにPCやプリンターを購入し、名刺、広告用のはがきを作成した程度です。
居住形態は?どのようにして見つけましたか?
2006年11月に現在の住まい〔オランダ市内のアパート〕をパートナーと共に購入したばかりです。それまでは賃貸ばかりでしたので、ほぼ毎年のように移動していました。場所によりけりですが、賃貸でも、定収入がないと貸してもらえないところもあります。
日本にいるころの語学力はどうでしたか?

英語は、義務教育と大学で学んだものの、普通程度。こちらで英語で仕事をすることになり、かなり鍛えられた部分があります。やはり必要に迫られて、語学力は伸びますね。オランダ語はまったく。2005 年10月にオランダにもどってきてから、必死に勉強を始めましたが、今でも苦労しています。

今の生活(仕事、プライベート含めて)で日本語を使う割合はどれくらいですか?
日本語を使うことは10−20%(プライベートで、日本人の友人たちとの会話)ほどですが、2007年1月に長男が誕生予定ですので、彼に対してはきちんと日本語で話しかけてゆこうと思っています。
仕事をしていて、ここが日本とは違うと感じることはありますか?どんなことですか?
組織、グループで助け合うということが多い日本に対し、こちらは個人で仕事をすることが基本。自分の仕事が終われば、周りが忙しい場合も帰ってゆく人が多いです。逆に彼らの仕事を手伝おうとすると、「干渉」とみなされることもあります。また、上司がなにを部下に頼む際も、「なぜか」という理由が納得できないと、部下はいつまでも食い下がります。言われたからとりあえずやっておく、などどいう態度は、オランダにはまったくありません。上司と部下の上下関係の差もほとんどありません。
現地での生活をお聞かせ下さい。
現在のお仕事を教えて下さい。(内容、エピソードなども教えて下さい)

オランダでは日本食ブームらしきものは、ここ7−8年ほど続いていますが、寿司、刺身、天麩羅等がメインで、日本食のイメージにはまだまだ固定観念があります。もちろんそれらも日本食ではあるのですが、私たちが普段家庭で口にする家庭料理は、もっとバラエティーに富んでいます。それらを自然な形で紹介したいと思い、家庭料理を売りにしたホームパーティーサービスを始めました。家庭料理といっても、盛り付け、うつわ等でだいぶパーティーらしくなります。また、来年度からは、日本食特有の素材、料理方法から飾りつけ〔テーブルコーディネート〕等を含む料理教室も始めることにしています。

海外に来て本当に良かった事、大変だった事は教えて頂けますか?

良かったことといえば、日本を外から眺めることができるようになり、また日本を誇りに思うことが増えたこと、そしてさまざまな国の友人という財産ができたこと。大変と思うことは、やはり言葉です。文化の違いは、大変な部分でもありますが、逆に面白いですね。

現地でのライフスタイルを教えてください。(簡単に1日のスケジュールをお願いします)
仕事が入ると、数週間前からメール、電話等でお客様の要望、こちらからのメニュー、提案をやりとりし、前日までに食材、必要な調理器具、うつわをすべてそろえておきます。当日に十分な時間余裕をもってお客様のご自宅へお邪魔し、パーティーが始まるまでにすべてを終わらせ、私は台所の片づけをして戻ります。自宅に戻ってからは、お客様へのお礼も忘れず、また感想、改善点などを教えていただきます。
また現地での生活は如何ですか?
こう書いてしまうと、夢を壊してしまいそうなのですが、私は「海外だから」なにか特別なことが起こるということはないと思っています。住んでいるのが先進国である限り、生活はとても似通ったものではないでしょうか。人は仕事をし、生活をし、家族や友人と時間をすごし、一日、一年が過ぎてゆく、それだけのことだと思います。唯一日本と比べて恵まれている点は、会社での拘束時間が短めであること、また17時過ぎにオフィスを出たからといって、それで怠けているなどとはみなされないこと、家庭生活がとても大切だと皆が認識している点がありがたいですね。
現地での生活で、一番楽しかった事、つらかったことなどお聞かせ頂けますか?
すばらしいと思えることは、さまざまな国の人たちと友達になれた事。人間の感情に、国境はないと実感しています。つらかったことは、最初、本音のオランダ人に慣れず、きつい言葉に何度も涙したこと。また、オランダ語が不自由だと、本当に「仲間」には入れてもらえないこと(表面上は、気さくそうなのですが)。特にパーティーなどでたくさん人が集まると、オランダ人はオランダ人で集まり、英語で話すのがめんどくさそうにされると、オランダ語ができないことがつらいときもかなりありました。でも、これも結局は、国民性の差というより、個人差が大きいですね。
週末やプライベートタイムの過ごし方を教えてください

新しいレシピの「練習」も兼ね(?)、週末には大体友人を夕食か日曜のお昼に呼んで一緒にすごします。天気が良いときは、自転車に乗り、サイクリングを楽しんだり、お弁当をもってピクニックをしたり。なるべく体を動かすようにはしています。それ以外は、とても平凡ですが、買い物、掃除、片付け、もろもろの雑用の整理等で週末は過ぎてゆきます。妊娠する前は、週末を利用して近くの国に住む友人を訪ねたり、年一度の大きな旅行を計画することが楽しみの一つでした。

今の国で仕事や生活をする上で、新しく発見したことはありますか?

どこに住んでも、結局私は日本人なのだということです。これは染み付いたもので、変わらないですね。(変える必要もありませんが)

現地の方の交流は如何ですか?(この国の人たちは?)

オランダ人は気さく、オープンだと言われますが、それはあくまで表面的なもので、やはり違いは個人の差に通じ、外国人に対し壁をつくっている人も(差別まで行う人も)たくさんいます。それでも、オランダ語を話すよう努力をするだけで、そういった垣根が低くなることも最近感じています。 親しくなれば、本音で付き合える楽な人たちですね。

日本で準備しておけば良かったと思う点はございますか?
日本の歴史、文化などなんでも貪欲に学んでおくべきでしたね。お茶やお花、あるいは着付けなどができるだけでも、かなり興味を持ってもらえると思います。
 
日本人であることや、女性であることに不自由を感じることはありますか?逆に、だからこそ役に立っていることはありますか?

有難いことに、国としての日本のイメージはまだそれほど悪い訳ではないので、日本人であるが故に公に差別を受けたことはありません。逆に日本人ということで興味を持っていただいたこともありますし、私のビジネスは日本人であることを売りにしているわけですから、それを利用しているくらいです。ですが、街中で「ニーハオ」といいつつ、10代の少年たちが自分たちの目をわざわざ釣り目にして、変な奇声を上げてそばを通ってゆくことはしょっちゅうあります。それは、そういう人たちなのだ、アジアに対しての無知からきていると個人的中傷とは取らないようにしていますが、へこんでいるときは、さらにへこみますけどね。女性だからの差別ということは、どの国の人間でも同じだと思います。差別する人はするし、差別する人はしない。個人による差が大きいと思います。

今、この国であなたが夢中になっていることやハマッているものは何ですか?(例えば、こんなものが日本にあると絶対良いというものや、この国ならではのもの、オススメな食べ物など。)
オランダは特に食文化が豊かなわけではないので、オススメ!といえるほどの料理はないのですが、典型的なもので、塩付けのハーリング〔いわし〕があります。それをみじん切りにした生の玉ねぎと一緒にパンにはさんで食べます。最初は、げっと思いますが、食べてみるとかなりおいしい。このハーリングは脂がかなり乗っていますが、寿司のネタにもできますよ。ハーリングの季節〔5月半ばから7月〕にオランダにいらしたら、ぜひ試してみてください。
今滞在されていらっしゃるお国自慢をお願いします。
オランダの建築物はとても個性的です。それでいて公共の建物等のデザインは機能的で明解、シンプルなものが多く、いつも関心を持って眺めています。あと、住宅内のインテリアも、同じような傾向があります。生活を楽しむ余裕を持っている人が多いのは、すばらしいことだと思いますね。
日本にいた頃と、今滞在している国でのライフスタイルについて、どちらが自分らしい生き方をしていると感じますか?また、海外で来てみて良かったと思う点を教えてください。
ライフスタイルも年齢を経るにつれ、その時々の状況により変わってゆくものであるので、世界のどこにいても自分らしい生活をしてゆきたいといつも願っています。海外にいることで、社会的な抑圧(このくらいの年齢になったら女性はこうあるべきだ、のような典型的なもの)から比較的自由でいられたのは、かなり楽だったとは思います。
今後の将来の夢やこれからの目標を教えて頂けますか?

まず2007年1月に元気な子供を産むこと。今後生活がある程度変化するので、正直どうなってゆくか見当がつかない部分もありますが、とにかく家族の生活を最優先してゆくことは決めています。 とはいっても欲張りにも生きてみたいので、産んでから半年ほど経ったら、ビジネスの広告宣伝をきちんと行い、件数を増やしてゆきたいと思っています。子供がいることで、子供向けの誕生日Partyのケータリングなどもできるかもしれません。母であること、パートナーにとって一人の女性であること、そして私という個人であること、どれも忘れないようにしたいと思っています。 そして、ゆとりを忘れずに。

これから海外で働きたい、と考えている日本の女性に何かアドバイス、メッセージをお願いします。

まず海外に出れば、なにか道が開けるのでは、という甘い夢だけを持たないほうがいいのではないかと思います。私もオランダにいてつらいことがあると、別の国に移住したいと思ってしまうこともありますが、それではただの「逃げ」だと言い聞かせています。一つの国でうまくいかない場合、別の国にいってもそれはある程度同じだと思います。それでも日本国外に出てみて、色々な経験〔苦労〕をして見るのは、代え難いものを与えてくれます。好機は待っていてもなかなかやってきませんので、自分で一歩踏み出す勇気も少し必要です。一歩踏み出せは、その後は自然についてくることも。これから身に降りかかるどんな出来事も、自分の責任と思える方なら、すでにその一歩を踏み出していると思います。がんばってください。応援しています。

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